五話・破滅への階段。初めての借金。
卒業式で覚えているのは教室で一人一人が一言をクラスのみんなに挨拶をする儀式があった。
一人は泣きながら語り、または思いを馳せて話してる奴もいた。
私の番が回って来るが一言で済ませた。
『えーっと、皆さんとは今後、二度と会う事は無いでしょう、幸せな人生を送って下さい』
こんな事を言い放ち卒業した。
※何故か私の妻はこのクラスにいた同級生である。
専門に入るまでもバイトに明け暮れた。
※高校時代から親からのお小遣いはもらわなかった。何故だかこれもよく分からない。
とにかく金が無かった、それは当然である。
金があればパチスロ、または朝方までスナックで飲み、散財尽くしていた。
確か、尾崎豊が亡くなったのもこの時期であった。初めて彼の『忘れな草』や『太陽の破片』を聞いた時は衝撃であった、歌詞に力があり精神的にも救われた事もあった。私にとっては計り知れない程のショックであったのも事実である。
※尾崎豊さん、安らかに眠って下さい。
専門時代は凄まじいバイト地獄だった、パチンコ屋のホール担当、雀荘のボーイ、サウナの清掃等を掛け持ちをし、本当に苦しいバイト生活でもあった。
当時、猛烈にパチスロにハマっていた。バイトが終わればダッシュでバニーガールやピンクパンサーを打っていた。
ある日、同じくパチスロにどハマりしていた先輩と話していると
先輩
『俺、学生ローンから30万借りてんだよなぁ、お前みたいにバイトしないとヤバいよね』
えっ!そんな手段があるのか(驚)
『ちょっとその話を詳しく話してくれませんか?』
話をじっくりと聞いた、ネット等がまだ普及されていない為、ネタは重要なのであった。
どうやら東京にある駒込駅の周辺には多数の学生ローン専門の金融屋があるらしい。
数日後、電車で1時間半をかけて学生ローンの聖地に向かった。
先輩が利用している金融屋に恐る恐る行ってみた。ドアを開けると意外にも学生さんが多いのにはホッとした。
綺麗な女性店員さんが声を掛けてきた。
『初めてですか?お幾らをご希望されますか?』
私
『えーと、30万程借りたいのですが』
別に何の根拠も無くこの金額を提示した。
数分後
店員
『すみません、初めてご利用される学生さんは10万円までなんですよ、それで良ければ…』
私は即答で
『はい、その金額でお願いします(やったー!)』
※金利を全く気にせずに借りていた。実は25%の暴利であったが、当時はその金利が普通でもあった。
そして10万円が入った封筒を渡される。
私は嬉しさのあまり颯爽と帰路し、地元のパチスロ屋に入って行く。
数時間後
3万円がセブンボンバーに飲まれていた。
『あれ、いまストックがかなり貯まってるはずだよね、いまリーチ目出てはずれたし、続行!』
1時間後
五万円が溶けていた…
ダメだ、これ以上は突っ込めない、今日10万借りて半分しか無い、今日は諦めよう…
しかし未練打ちをするのがパチンカーの意地。ハネ物のマジカペで2時間ほど打ち1箱出たところでフィニッシュ。
さて五千円だけ取り戻したし帰るかと、両替した後に私の打っていたセブンボンバーの島を見て見ると、なんと!四千枚近く出ていた…
嗚呼…
もうダメだ、どうして?なんで?
泣きたくなった日であった。
借入1件
借入金10万
毎月の支払い8千円